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カテゴリー「旅の想い出」の検索結果は以下のとおりです。

ある日の海6 「ウミネコの親子」

ウミネコ

一昨日のエントリーで書いた新日本海フェリーの続き。
秋田港停泊中には、たくさんのウミネコが寄ってくる。
乗客から貰える朝ご飯を狙っているらしい。
人を見ても少しも逃げようともしないので、こんな写真がデッキ散歩のついでに朝飯前に撮れてしまう。

ウミネコの子

成鳥は可愛いとは言えない顔つきだが、ヒナはこんなに可愛らしい。
まるで、朝が早いので寝ぼけているように見える。
どんな動物でも子供は愛くるしい。

日本海から望む早暁の鳥海山

3枚目と4枚目は、秋田港入港前のデッキ上から撮影した。
3枚目の写真は鳥海山のはずである。
4枚目はとつぜん、薄明光線が現れて心躍らせてシャッターを切ったもの。

日本海上の薄明光線

詳しくは書けないが、今日はとてもありがたいことがあった。
小説の執筆上で悩んでいたことを、お忙しいのにも関わらず、ある方が親身に教えて下さったのだ。
執筆が暗礁に乗りかけていたので、どれだけありがたかったことだろうか。
それこそ、この写真のように暗い空に明るい一条の光が差した感じだった。

ご厚情には、容易には報いることができず、心苦しいばかりである。


ある日の空35 「異郷を望む丘」

宗谷丘陵から望むサハリン

キャンプ場ではないが、日本最北端の宗谷丘陵に最高の宿泊施設が存在した。
「宗谷岬えこ・びれっじ」という公共の宿泊施設である。
数棟の白いコテージが、周氷河地形の雄大な牧草地に建てられていた。
電気は棟ごとに風車の回る小型の風力発電なので、部屋の壁に設けられた電圧計を眺めながら はらはら気分でノートPCを使わなければならない。
トイレは用を足すのが面倒くさい、おがくずを利用したバイオトイレ
ステンレスの露天風呂(牛の水飲み槽の再利用?)は、用意された古材を自分で燃やして入る。
そんな極めつけのユニークな施設だった。


この施設は2007年の夏に偶然発見して欣喜雀躍と宿泊を頼んだら、子どもの団体の予約が入っていてダメだった。
あまりにも悔しくて、2008年の夏にリベンジで訪れ、2泊した。
何もない丘で過ごした月夜の素晴らしさは、ほかの場所では経験のできないものだった。
次の日からは宗谷海峡を包む濃霧に覆われてしまったが、それもまた、楽しかった。
稚内市が出資する公共施設だったのだが、議会で利用率の低いことなどが指摘され、廃止されてしまった。

二段ベッドは羽布団で、宿泊料はたったの2,000円だった。
やはり低廉な料金のバーベキューセットを頼んだら、本業は牧場主という管理人の方が、宗谷黒毛和牛の霜降りを持ってきてくれた。
その方は「今朝いっぱい獲れたから、これはサービスね……」と微笑んで、ビニール袋いっぱいの茹で立てのシマエビを下さった。

翌朝は牧場の事務所で朝食を頂き、牛舎などを見学して、牛を育てる難しさと楽しさについてのお話を伺った。
「来年、来たら馬に乗せてあげるよ」と約束したのに、仕事の都合で行けなかった。
次の年の夏にアクセスしたら、サイトも消えていた。
本当に残念でならない。


写真はエコビレッジ近くの山道から望む8月の宗谷海峡とサハリン
宗谷丘陵からは、異郷の島影がこんなに近く見える日もある。


ある日の空34 「海上黎明」

日本海の黎明

北海道の旅には、新日本海フェリーを使うことが多かった。
函館行きは別で、これは飛行機を使っていたし、寝台特急北斗星のファンでもある。
だが、道北や道東を廻る場合には、往路は新潟~小樽航路、 帰路は苫小牧~秋田~新潟航路が便利だった。


小樽に早朝着いて日本海沿いを北上すると、昼ご飯は稚内で食べられる。
宗谷付近で泊まって、オホーツク沿いに網走を目指す。
そんなパターンが定着していた。
道東の好きな場所でテントを張って、大自然に包まれた年に一度の幸せな数日間を過ごす。
木陰で珈琲を飲んだり、海を眺めながら露天風呂に入ったり、サイトに現れる野生動物にレンズを向けたり……。


道内最終日は美瑛付近で泊まると、午後ゆっくり出たとしても、19:00過ぎに苫小牧東港を出るフェリーには余裕で乗れるのである。
早めの昼ご飯を摂れば、十勝の山奥、東大雪からでもこのフェリーには間に合う。
初日は兜沼公園キャンプ場稚内森林公園キャンプ場さるふつキャンプ場、 最終日は、国設白金野営場国設然別峡野営場あたりがお気に入りだった。


過去形でしか語れないのがつらい。
仕事が忙しくて、数年来、新日本海フェリーに乗ってはいない。
目を閉じると2等寝台(現在はツーリストBというらしい)の狭いベッドに響くエンジンの振動が蘇る。


写真は、秋田港入港前のフェリーしらかばのデッキ上から撮った日本海の黎明。
不明にして沿岸の知識がないのではっきりしないが、男鹿半島沖だろうか。
左手の岬には灯台の灯りがかすかに写っている。
今となってはなつかしい8月終わりの景色である。


ある日の空32 「函館らしさ」

初冬の函館1

前回のエントリーを函館出身のTさんが見て下さった。
Tさんは、上から4枚目の寒々とした写真が函館らしいと仰っていた。
「ぼんやりとしたこんな景色の下で、頑張って生きてるのが函館の街らしい」 そんな風に言っていた。
やはり、僕は観光客の一人に過ぎないと痛感した。

初冬の函館2

今回は、2008年の11月22日と23日に撮った函館の写真をアップしてみようと思う。
Tさんに気に入って頂ければ、幸いである。
お正月のに旅した時は、たまたま暖かくて、撮った写真もあういう雰囲気のものが見つからないのである。

初冬の函館3

前回のエントリーを書いた時には、うかつにもお正月頃と勘違いしていたが、あの写真は11月23日の勤労感謝の日を利用して出かけた時に撮ったものだった。
家を出た時には汗ばむほどの日和だったのに、津軽海峡を越える飛行機の窓から函館を眺めると、かなりの降雪があって驚いたものだ。

初冬の函館4

旅行者なりの感慨には過ぎないが、僕は、訪れるたびに表情を変える函館の街が大好きである。
こんなに表情豊かな街は、日本中探し歩いても、そう多くはないのではないと思う。
これからも僕は、この街を訪ね続けたい。

初冬の函館5

ブログのデザインも、一新した。
今回もMysticdiaryさんの素晴らしいテンプレートをお借りして、 函館で撮りためた写真の中からパノラミックなものをトップにあしらってみた。
(この部分は、移転前のブログについて書いていますが、現在もフッターにスライドショーで使っています)

初冬の函館6

Tさん、昨夜のサプライズ・メニュー、本当に嬉しかったです。
僕の誕生日を覚えていてくれた人は、何人もいません……。


ある日の空31 「精霊が眠る丘」

モーリエ(秋1)

函館で好きな場所はたくさんあるが、ここ外人墓地もそのひとつである。
ことに夕暮れのすばらしさは、美しい景色の多い函館でも一、二を争うのではないか。


モーリエ(秋2)

1枚目と2枚目は秋の夕暮れの写真である。
左手に見えている建物は「カフェッテリア・モーリエ」
暮れなずむ函館湾を眺めながら、お茶を頂ける素敵なお店である。


モーリエ(秋3)

この店で冷えたウォッカのグラスを手に函館湾に出入りする船をぼーっと眺めていると、 何とも言えない旅人気分が味わえる。


モーリエ(冬)

冬場、ここで写真を撮っていたら、「寒いでしょう? 温まっていきませんか?」と ご主人に声を掛けて頂き、感激した想い出がある。
すでに閉店時間だったのに、ストーブの前でいろいろなお話を伺うことができた。
この写真は初冬のものだが、現在は真冬はお休みのようで残念である。

モーリエ(夏1)

この2枚は今頃の季節の夕暮れ時。使用レンズは違うが、上の4枚とほぼ同じ場所からカメラを少し右に向けて撮ったもの。

モーリエ(夏2)

舟見坂を登った精霊の眠るこの丘は、時おり夢に出てくるほど好きな場所なのである。


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第6回角川春樹小説賞を受賞し、『私が愛したサムライの娘』でデビューしました。
同作で第3回野村胡堂文学賞を受賞しました。
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