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銀河ステーション(Kyoichi's Blog)

湘南ちょっといいお店 1「茅ヶ崎 海渡(Kaito)」

海渡 南口店鉄砲通り店 店長のBOOさん(撮影:鳴神響一)
茅ヶ崎『海渡』(鉄砲通り店)微笑む店長のBOOさん(撮影:鳴神響一)

新しいシリーズを始めたい。
「湘南ちょっといいお店」と題して、僕の大好きなお店をご紹介していきたい。
湘南地方に住んでいるので、いきおい、湘南のお店が中心となることと思うが、時にはほかの地区のお店もご紹介するかもしれない。
第一回は、茅ヶ崎の東海岸、鉄炮通り沿いに店を構えるダイニングバー『海渡』(Kaito)である。


「海渡」は、僕が日頃からお世話になっているお店の№1なのである。
初めてお伺いしてから何年になるだろう。もう、十年を超えるかもしれない。


新鮮な刺身が美味しい。
近隣で採れる野菜を生かしたお料理が美味しい。
だが、それ以上にお店の雰囲気がいい。
落ち着いたインテリアもさることながら、店内の雰囲気がとてもいい。
飲んでいる方々の雰囲気はいつも明るく、ジェントルである。
羽目を外す場違いな酔客で嫌な思いをした覚えはない。
大手チェーン系の居酒屋などでは、「一気呑み」に象徴されるような無粋で馬鹿馬鹿しい飲み方をするグループに遭遇して、最悪の気分になることも少なくない。
その点、『海渡』のお客さんは、場をわきまえた方ばかりだ。
居酒屋さんにとって、これはとても大事なことだと思う。
だから、『海渡』には、常連さんも少なくないが、一見さんと覚しき、二人連れの若い女性客やカップルも少なくない。
駅から少し離れた住宅地にあるが、タクシーで帰って行く客も少なくない。
遅い時間でも安心して飲める大人のお店なのだと思う。


お茶目なBOOさん(撮影:鳴神響一)
お茶目なBOOさん(撮影:鳴神響一)

美味しいお料理とともに、お店の素敵な雰囲気を作っているのが、店長のBOOさんである。
BOOさんはパティシエとして、お菓子作りの腕を振るい、大きなコンテストにも出場した経験をお持ちである。
お菓子作りで培った繊細な感覚が、『海渡』のメニューに活かされていることは言うまでもない。
彼はまた、いろいろな物事に関して、深い洞察力と非常に優れた見識をお持ちである。
BOOさんから伺ったお話の中で、僕が小説を書く上でのヒントを頂くことも少なくない。
手の空いている時には、一緒にグラスを重ねるチャンスにも何度か恵まれた。
酔っ払ってオダを上げ、好き放題、言いたい放題に喋りまくる夜もあった。
でも、そんな時でも、BOOさんは静かに微笑んで僕の話を聞いてくれるのだった。
いつ更新するか判らないこのブログに、日々アクセスし続けてくれていることを、知った時には涙が出るほど嬉しかった。


『海渡』はまた、食べ物屋さんのプロが、仕事を終えて立ち寄るお店でもある。
カフェレストランのスタッフ、お寿司屋さんの親方、焼き肉屋さんのご主人……。
プロが評価するプロのお店なのである。
しかも、『海渡』に集うプロのお店は、みんな美味しく、素敵な人気店ばかりである。
またの機会には、このお店でお目にかかるプロのお店もご紹介したい。


居酒屋、ダイニングバーのイメージが強いが、本当は手打ち饂飩のお店である。
東京と神奈川で育った僕は、正直な話、ウドンはあまり好きでなかった。
子どもの頃から、専ら蕎麦っ喰いで、どんな場合にも進んでウドンを注文した記憶がない。
だが、『海渡』と、もう一軒のお店のウドンを食べてから、すっかりウドン好きになった。
月並みな表現だが、コシがあってのど越しがよい。ダシも讃岐風で美味い。
ラストオーダーまでウドンが頼めるので、ぜひご賞味頂きたい。


BOOさん、火曜日は本当にありがとう。
いつまでも心に残る、海渡の時間となりました。
来週も、オダを上げに行きます……。


【ダイニングバー海渡】
神奈川県茅ヶ崎市東海岸北5-6-27
0467-87-3881
17:00~
定休日:なし

※「海渡」さんは、2017.11.15にリニューアル・オープンしました。
おめでとうございます!
お店の内装などはこの記事と変わっています。
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¡Ole! Flamenca! 2「栗原武啓さん」

栗原武啓さん(撮影:鳴神響一)
栗原武啓さん(撮影:鳴神響一)

素晴らしいフラメンコ・アーティストをご紹介する¡Ole! Flamenca!
第二回は、ギタリストの栗原武啓さんである。
栗原武啓さんは、2008年に日本フラメンコ協会新人公演のギター部門で奨励賞に輝いた実力派ギタリストである。

フラメンコ協会の奨励賞は、島崎リノさんについてのエントリーでも書いたが、新人ではなく、いま旬のフラメンコ・アーティストに与えられる輝かしい栄冠なのである。
残念なことに、僕は、栗原さんのフラメンコのステージを生で聞く機会に恵まれていない。
そこで、今日は栗原さんの別の一面である「津軽三味線」奏者としての横顔を紹介したい。

先週の28日、水曜日の晩、仕事を終えた僕はワクワクして東海道線に乗った。
これから向かう辻堂のスペインバル『ストーン』での時間が、とても楽しみだったからだ。
フラメンコギタリストとして、多くのステージで知られる栗原武啓さんが、津軽三味線のライブを開かれるのである。
しかも、民謡歌手の涌井晴美さんとのステージだというのだ。

正直な話、僕は邦楽には滅法暗い。
ジャズピアニストの菊池雅章のファンだったこともあり、山本邦山の尺八を全面的にフィーチャーした『銀界』 は、中学生の頃からの愛聴盤である。
邦楽器によるジャズの傑作と言えるこのCDは、今でも年に何回かは聴く。
そんな関心から、初代高橋竹山のCDは持っているが、津軽三味線を知っているとは言えない。
だが、津軽地方の景色に惹かれ、何度も訪ねている僕としては、津軽三味線という楽器には大いに興味があった。

『津軽じょんがら節』から始まったステージは、驚きの一語だった。
栗原さんと共演の澤田義春さんの二丁の三味線が生み出す緊張感ある音色には、本当に鳥肌が立った。
遠い昔に彷徨った十三湖の葦原が、瞼の裏に浮かび、日本海から吹き付ける冷たい潮風が、頬を駆け抜けるような気がした。

十三湖の茫漠とした日本らしい景色を思い浮かべたのとは裏腹だが、激しく叩き弾く奏法から生み出される音色は、僕が抱いていた邦楽器のイメージとは遠い一面もあった。
むしろ、琵琶の仲間のウードなどに近い激しくリズミカルな音色で、 新内や小唄などの三味線とは一線を画すものだった。
ジャズやロックなど、様々な音楽とコラボできる可能性を強く感じた。
栗原さんはフラメンコギターは13歳から習い始めたとのことだが、津軽三味線は、すでに6歳にして弾き始めていたそうである。
フラメンコギターと津軽三味線、どちらをとっても超一流の演奏を見せてくれる。
そんなミュージシャンは、彼一人だろう。
ご本人は「僕は異端児なんです」と、淡々と笑っていた。

写真は、ステージが跳ねた後、残っていたファンたちの求めに応じて、フラメンコの『ブレリア』を弾いて下さっているところである。
これがまた、三味線に負けず劣らず、素晴らしい。
アタックが力強く、それでいながら繊細この上ない。
栗原さんのフラメンコのステージに出かける日が待ち遠しい。

涌井晴美さん(撮影:鳴神響一)
涌井晴美さん(撮影:鳴神響一)

二曲目で、民謡歌手の涌井晴美さんが登場。
涌井さんの歌声は、明るく楽しい『秋田音頭』から始まった。
栗原さんの三味線と澤田さんの締太鼓に合わせて、のびやかな歌声で客席を魅了した。
信じられぬほど張りのある、それでいてどこまでも美しい歌声がステージを満たした。
小柄で細身なスタイルからはとても想像できない。
音韻のコントロールも驚くほど巧みで、大変な力量をお持ちであることを痛感した。
哀調を帯びた『秋田荷方節』や、『津軽よされ節』は、さらに素晴らしかった。
民謡のステージを、初めて聞いたが、こんなにも心に染み入るものだとは知らなかった。
目を開いて下さった涌井さんには、心から感謝である。

当夜の涌井さんは、黒地に花柄の和装姿が、とてもよくお似合いだったが、ステージが跳ねた後のオフの姿しかお撮りできず、とても残念である。
男性陣も黒紋付きに仙台平の袴スタイルがバッチリだったのでちょっと悔しい。
ステージ間近で、素晴らしい演奏を堪能できたが、聴くことに熱中し過ぎてカメラを持っていることなど忘れていた。

栗原武啓さんと澤田義春さん(撮影:鳴神響一)
栗原武啓さんと澤田義春さん(撮影:鳴神響一)

三味線と締太鼓を演奏してくれた澤田義春さんは、とてもお若い。
ステージでは堂々たる姿だが、ステージが終わって日頃の姿に戻ると、こころ優しい好青年である。
28日のステージに出かけて本当によかった。 皆様もぜひ、津軽三味線と民謡のすばらしさを体験して頂きたいものである。



栗原武啓公式サイト
涌井晴美オフィシャルサイト


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ある日の海7 「舟屋の里」

伊根の舟屋1(撮影:鳴神響一)

今回の旅の目的の一つは、丹後半島にあった。
一番のお目手当は、半島東岸の伊根集落である。
江戸中期から続くという、舟屋が建ち並ぶ入江を訪ねたかったのである。
天橋立駅から部活帰りの高校生でいっぱいのバスに乗った。
透明度の高い海の景色を楽しみながら、およそ四十分。
目の前には、遙か昔にNHKの「新日本紀行」で知り、知人の描いた風景画で、伊根という土地の名を覚えた景色が拡がっていた。
伊根の舟屋2(撮影:鳴神響一)

バスの到着を待って出航する伊根湾めぐり遊覧船に乗って、まずは海上から伊根集落を遠望する。
小さな遊覧船だが、湾内にはかなり広い範囲で波が立つ。
このような景色が、湾内をずらりと取り囲んでいる。
伊根の舟屋3(撮影:鳴神響一)

一階が入江に続く舟の収蔵庫、二階が住居になっている民家は、伊根の他では知らない。舟屋は、天然の良港である伊根湾を囲んで230軒ほど続いている。
こんな風景が、よくぞ、現代に残ったものである。
伊根の舟屋5(撮影:鳴神響一)

遊覧船を下りて、伊根湾に沿って、集落の中を通る細い一本道を歩き始める。
傍らの舟屋の中には、江戸時代を思わせるようなこんな景色も見られた。
漁に出ている舟ではないかもしれないが、少なくともディスプレイではない。
名産の岩ガキ(撮影:鳴神響一)

海辺の陽射しは強い。喉はカラカラだし、お腹も空いて来た。
船着き場から10分ほど歩くと『お食事かもめ』なる看板が……。
迷うことなく暖簾をくぐり、二階へ上がると、湾全体が見渡せる素晴らしい眺めが待っていた。
ビールと刺身の盛り合わせ、そして丹後名産の岩ガキを頼んだ。
新鮮でジューシー。冬場の牡蠣では味わえない独特の渋みが最高である。
伊根の集落(撮影:鳴神響一)

食事が終わって、コーヒーを頼んでいると、壁の大正期の鯨漁の写真に目が行った。 食堂の奥さんのお話では、クジラやイルカが湾内に入ってくる日も少なくなかったそうである。
今でも、沖の定置網にはイルカが掛かってしまうこともあるとのことだ。
だが、現在の伊根集落では漁業に従事する人は、極めて少なくなっているらしい。
かつては、冬場は近海で操業し、北海道方面に遠洋漁業に出かける大型漁船が何艘も舫っていた。
昭和40年代から、休日のない漁師を嫌って、都市へ勤めに出る人が増えた。
漁獲量もぐんと減り、現在の伊根漁港は火が消えたようであるとのことだった。
漁業から離れても、伊根の人々は、家を建て替える時には、舟屋造りを選んできた。 舟は日常の足として欠かせぬものであり、クルマに置き換えることはできなかったのである。
伊根湾の干満時の潮位差は少なく、30cmほどしかないそうだ。
「海が荒れている時に、浸水の心配なんかはないんですか?」と伺うと、 「昔からの建物の造りだから、今まではどんな嵐でも心配するようなことはなかったんです。でも、最近は水位が上がってきちゃって、わたしが嫁に来た時にはいつも出ていた岩がほら……」
奥さんが指さす先には、目測で20cmほどの海面下に岩が見えた。
これも地球温暖化の影響なのだろうか……。
昔ながらの舟屋を今に残した伊根の人々の生き方に感じ入ったと伝えると、 「私らは何とも思ってこなかったのに、皆さんが珍しがって来て下さって、なんだか不思議な気がしますね」
奥さんは人懐こい笑顔で笑った。
伊根の舟屋4(撮影:鳴神響一)

漁港から眺めた平田地区の家屋。
古い家屋だけでなく、比較的最近建て直した建物も舟屋の形式を守っている。

伊根の漁港(撮影:鳴神響一)

漁船の姿の見えない漁港では、地元の子どもたちが釣りに熱中していた。
食堂の奥さんは、雪は少なくバスも止まらないと言っていた。
今度は冬場に訪ねてみよう。

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第6回角川春樹小説賞を受賞し、『私が愛したサムライの娘』でデビューしました。
同作で第3回野村胡堂文学賞を受賞しました。
フラメンコファンです。

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