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銀河ステーション(Kyoichi's Blog)

¡Ole! Flamenca! 2「栗原武啓さん」

栗原武啓さん(撮影:鳴神響一)
栗原武啓さん(撮影:鳴神響一)

素晴らしいフラメンコ・アーティストをご紹介する¡Ole! Flamenca!
第二回は、ギタリストの栗原武啓さんである。
栗原武啓さんは、2008年に日本フラメンコ協会新人公演のギター部門で奨励賞に輝いた実力派ギタリストである。

フラメンコ協会の奨励賞は、島崎リノさんについてのエントリーでも書いたが、新人ではなく、いま旬のフラメンコ・アーティストに与えられる輝かしい栄冠なのである。
残念なことに、僕は、栗原さんのフラメンコのステージを生で聞く機会に恵まれていない。
そこで、今日は栗原さんの別の一面である「津軽三味線」奏者としての横顔を紹介したい。

先週の28日、水曜日の晩、仕事を終えた僕はワクワクして東海道線に乗った。
これから向かう辻堂のスペインバル『ストーン』での時間が、とても楽しみだったからだ。
フラメンコギタリストとして、多くのステージで知られる栗原武啓さんが、津軽三味線のライブを開かれるのである。
しかも、民謡歌手の涌井晴美さんとのステージだというのだ。

正直な話、僕は邦楽には滅法暗い。
ジャズピアニストの菊池雅章のファンだったこともあり、山本邦山の尺八を全面的にフィーチャーした『銀界』 は、中学生の頃からの愛聴盤である。
邦楽器によるジャズの傑作と言えるこのCDは、今でも年に何回かは聴く。
そんな関心から、初代高橋竹山のCDは持っているが、津軽三味線を知っているとは言えない。
だが、津軽地方の景色に惹かれ、何度も訪ねている僕としては、津軽三味線という楽器には大いに興味があった。

『津軽じょんがら節』から始まったステージは、驚きの一語だった。
栗原さんと共演の澤田義春さんの二丁の三味線が生み出す緊張感ある音色には、本当に鳥肌が立った。
遠い昔に彷徨った十三湖の葦原が、瞼の裏に浮かび、日本海から吹き付ける冷たい潮風が、頬を駆け抜けるような気がした。

十三湖の茫漠とした日本らしい景色を思い浮かべたのとは裏腹だが、激しく叩き弾く奏法から生み出される音色は、僕が抱いていた邦楽器のイメージとは遠い一面もあった。
むしろ、琵琶の仲間のウードなどに近い激しくリズミカルな音色で、 新内や小唄などの三味線とは一線を画すものだった。
ジャズやロックなど、様々な音楽とコラボできる可能性を強く感じた。
栗原さんはフラメンコギターは13歳から習い始めたとのことだが、津軽三味線は、すでに6歳にして弾き始めていたそうである。
フラメンコギターと津軽三味線、どちらをとっても超一流の演奏を見せてくれる。
そんなミュージシャンは、彼一人だろう。
ご本人は「僕は異端児なんです」と、淡々と笑っていた。

写真は、ステージが跳ねた後、残っていたファンたちの求めに応じて、フラメンコの『ブレリア』を弾いて下さっているところである。
これがまた、三味線に負けず劣らず、素晴らしい。
アタックが力強く、それでいながら繊細この上ない。
栗原さんのフラメンコのステージに出かける日が待ち遠しい。

涌井晴美さん(撮影:鳴神響一)
涌井晴美さん(撮影:鳴神響一)

二曲目で、民謡歌手の涌井晴美さんが登場。
涌井さんの歌声は、明るく楽しい『秋田音頭』から始まった。
栗原さんの三味線と澤田さんの締太鼓に合わせて、のびやかな歌声で客席を魅了した。
信じられぬほど張りのある、それでいてどこまでも美しい歌声がステージを満たした。
小柄で細身なスタイルからはとても想像できない。
音韻のコントロールも驚くほど巧みで、大変な力量をお持ちであることを痛感した。
哀調を帯びた『秋田荷方節』や、『津軽よされ節』は、さらに素晴らしかった。
民謡のステージを、初めて聞いたが、こんなにも心に染み入るものだとは知らなかった。
目を開いて下さった涌井さんには、心から感謝である。

当夜の涌井さんは、黒地に花柄の和装姿が、とてもよくお似合いだったが、ステージが跳ねた後のオフの姿しかお撮りできず、とても残念である。
男性陣も黒紋付きに仙台平の袴スタイルがバッチリだったのでちょっと悔しい。
ステージ間近で、素晴らしい演奏を堪能できたが、聴くことに熱中し過ぎてカメラを持っていることなど忘れていた。

栗原武啓さんと澤田義春さん(撮影:鳴神響一)
栗原武啓さんと澤田義春さん(撮影:鳴神響一)

三味線と締太鼓を演奏してくれた澤田義春さんは、とてもお若い。
ステージでは堂々たる姿だが、ステージが終わって日頃の姿に戻ると、こころ優しい好青年である。
28日のステージに出かけて本当によかった。 皆様もぜひ、津軽三味線と民謡のすばらしさを体験して頂きたいものである。



栗原武啓公式サイト
涌井晴美オフィシャルサイト


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ある日の海7 「舟屋の里」

伊根の舟屋1(撮影:鳴神響一)

今回の旅の目的の一つは、丹後半島にあった。
一番のお目手当は、半島東岸の伊根集落である。
江戸中期から続くという、舟屋が建ち並ぶ入江を訪ねたかったのである。
天橋立駅から部活帰りの高校生でいっぱいのバスに乗った。
透明度の高い海の景色を楽しみながら、およそ四十分。
目の前には、遙か昔にNHKの「新日本紀行」で知り、知人の描いた風景画で、伊根という土地の名を覚えた景色が拡がっていた。
伊根の舟屋2(撮影:鳴神響一)

バスの到着を待って出航する伊根湾めぐり遊覧船に乗って、まずは海上から伊根集落を遠望する。
小さな遊覧船だが、湾内にはかなり広い範囲で波が立つ。
このような景色が、湾内をずらりと取り囲んでいる。
伊根の舟屋3(撮影:鳴神響一)

一階が入江に続く舟の収蔵庫、二階が住居になっている民家は、伊根の他では知らない。舟屋は、天然の良港である伊根湾を囲んで230軒ほど続いている。
こんな風景が、よくぞ、現代に残ったものである。
伊根の舟屋5(撮影:鳴神響一)

遊覧船を下りて、伊根湾に沿って、集落の中を通る細い一本道を歩き始める。
傍らの舟屋の中には、江戸時代を思わせるようなこんな景色も見られた。
漁に出ている舟ではないかもしれないが、少なくともディスプレイではない。
名産の岩ガキ(撮影:鳴神響一)

海辺の陽射しは強い。喉はカラカラだし、お腹も空いて来た。
船着き場から10分ほど歩くと『お食事かもめ』なる看板が……。
迷うことなく暖簾をくぐり、二階へ上がると、湾全体が見渡せる素晴らしい眺めが待っていた。
ビールと刺身の盛り合わせ、そして丹後名産の岩ガキを頼んだ。
新鮮でジューシー。冬場の牡蠣では味わえない独特の渋みが最高である。
伊根の集落(撮影:鳴神響一)

食事が終わって、コーヒーを頼んでいると、壁の大正期の鯨漁の写真に目が行った。 食堂の奥さんのお話では、クジラやイルカが湾内に入ってくる日も少なくなかったそうである。
今でも、沖の定置網にはイルカが掛かってしまうこともあるとのことだ。
だが、現在の伊根集落では漁業に従事する人は、極めて少なくなっているらしい。
かつては、冬場は近海で操業し、北海道方面に遠洋漁業に出かける大型漁船が何艘も舫っていた。
昭和40年代から、休日のない漁師を嫌って、都市へ勤めに出る人が増えた。
漁獲量もぐんと減り、現在の伊根漁港は火が消えたようであるとのことだった。
漁業から離れても、伊根の人々は、家を建て替える時には、舟屋造りを選んできた。 舟は日常の足として欠かせぬものであり、クルマに置き換えることはできなかったのである。
伊根湾の干満時の潮位差は少なく、30cmほどしかないそうだ。
「海が荒れている時に、浸水の心配なんかはないんですか?」と伺うと、 「昔からの建物の造りだから、今まではどんな嵐でも心配するようなことはなかったんです。でも、最近は水位が上がってきちゃって、わたしが嫁に来た時にはいつも出ていた岩がほら……」
奥さんが指さす先には、目測で20cmほどの海面下に岩が見えた。
これも地球温暖化の影響なのだろうか……。
昔ながらの舟屋を今に残した伊根の人々の生き方に感じ入ったと伝えると、 「私らは何とも思ってこなかったのに、皆さんが珍しがって来て下さって、なんだか不思議な気がしますね」
奥さんは人懐こい笑顔で笑った。
伊根の舟屋4(撮影:鳴神響一)

漁港から眺めた平田地区の家屋。
古い家屋だけでなく、比較的最近建て直した建物も舟屋の形式を守っている。

伊根の漁港(撮影:鳴神響一)

漁船の姿の見えない漁港では、地元の子どもたちが釣りに熱中していた。
食堂の奥さんは、雪は少なくバスも止まらないと言っていた。
今度は冬場に訪ねてみよう。

ある夜の街1「ひがし茶屋街の夜」

ひがし茶屋街の夜(撮影:鳴神響一)

北陸から丹後半島に掛けて、取材を兼ねて旅をしてきた。
印象に残った土地は少なくないが、まずは金沢の思い出深い場所をご紹介したい。
写真は、兼六園から東北の方向に十分ほど歩いた場所にある「ひがし茶屋街」である。加賀百万石の繁栄は、東廓、西廓、主計町廓と三つの優雅な遊郭跡を現在に伝えている。


若かりし頃、GWに訪れたおりには、金沢で一番強く印象に残った場所である。
花の香りを運ぶ夕風に乗って、三味線の絲の音が聞こえた。
耳を澄ませていると、爪弾きの絲に乗って小唄と覚しき曲を稽古する艶のある声が響いてきた。
20代の頃の僕は、初めて味わうそんな旅情に、酒に酔ったようになり、目眩を感ずるほどだった。
ずいぶん時間が経って、僕の感性も鈍くなってしまったが、ようやく、ひがし茶街を再訪できた。
平成13年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたおかけで、幸か不幸か整備が進んだ。
上の写真のようにライトアップも美しく、夜も楽しい観光地となった。

裏通りへの入口(撮影:鳴神響一)

木虫籠(キムスコ)と呼ばれる紅殻の風情ある出格子や、「ひがし」と記された、軒から下がる行灯を眺めながら逍遙することしばし……。
メインストリートから、裏通りに迷い込むと、素敵なお店が待っていてくれた。


茶房『ゴーシュ』(撮影:鳴神響一)

落ち着いた街のたたずまいに溶け込んだ茶房『ゴーシュ』である。
一歩足を踏み入れると、古いシャンソンが漂うように聞こえてきた。
蓄音機から流れるかのような甘いシャンソンは、古民家のような店の佇まいと、似合いすぎるくらい似合っていた。
カウンター以外の客席が畳敷きの小上がりとなっているのも、この街にふさわしい。
お奨めがカルヴァドスのハイボールだと知って、まず参った。
レマルクの『凱旋門』や、映画『カサブランカ』で、奪われたフランスの自由の象徴として描かれる、ノルマンディー産のアップルブランデーである。
オールド映画ファンなら、モノクロフィルムの中で若きイングリッド・バーグマンが、 カルヴァトスのグラスを手にするシーンを記憶している方も少なくないと思う。
こんなシックでレトロなテーブルに向かい、1930年代のオールドシャンソンに耳を傾けながら、カルヴァドスを味わうなんて、余りにもできすぎではないか!
加賀宝生流、加賀友禅、九谷焼と、数多くの輝かしい文化を擁する金沢の夜ならである。


鮮やかなマスターの手さばき(撮影:鳴神響一)

一杯のハイボールで、すっかりいい気分になった僕は、続けてマンハッタンを頼んだ。
三十代と覚しきマスターは、実に美しい身のこなしで一つ一つの手順を進めてゆく。
ショートカクテルのハイライトとも言えるシェーカーを振る手さばきの鮮やかなこと。
冴えた琥珀色の透明な液体がテーブルに置かれた時には、飲む前から酔っていた。
マンハッタンの、あまりのバランスのよさに、ロングも試したくなり、続いてロングアイランド・アイスティーをオーダーした。 こちらは、今までに飲んだ中でも、最高の味だった。
マスターは、ビターテイストの扱い方がとても上手い。
今度は、マスターがサイフォンで淹れていた薫り高いコーヒーも楽しみたい。
戸口まで見送ってくれたマスターは、繊細な容貌や仕事に向かう表情の厳しさとは裏腹に、とても優しい雰囲気の親しみやすい方だった。
僕はマスターに美味しいカクテルを頂けたことへのお礼を言い、必ずまた、伺う約束をして、夜の街へと出たのだった。


今回の写真は、半年ほど前に購入したCanonのS110で撮ってみた。
最近のコンパクトカメラって、ほんとに凄い。
胸ポケットに入る旅カメラとしては、僕にとって、唯一無二の選択だった。

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第6回角川春樹小説賞を受賞し、『私が愛したサムライの娘』でデビューしました。
同作で第3回野村胡堂文学賞を受賞しました。
フラメンコファンです。

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